広告ブロッカーはもう“オシマイ”?それとも勝っているのか? 歴史まとめ
広告ブロックのタイムライン
これまでの歴史からすると、広告ブロックに未来はあるのか?
1996〜2002年 広告ブロックの夜明け
市場での知名度と人気度が高いことから、広告ブロックはAdBlockとAdblock Plusで始まったと思う人も多いかもしれません。しかし、原点はちがうところにあります。
広告がブロックされ始めたのは、広告が登場した90年代のことです。1993年に、初のWeb広告サービスであるGNNが開始されました。その後、1994年に初めてのバナーが販売されました。
瞬く間に、オンライン広告業界は数十億ドルの市場になる。Double Clickが出現し、Yahooも広告を販売し始める。
そして、初の広告ブロッカーも作成される。
PrivNetという小さな会社によって開発されたもので、Internet Fast Forwardと呼ばれていました。PrivNetのInternet Fast Forwardは、Netscapeブラウザ用プラグインでした。James Howardによって作成された10ドルのプログラムで、広告とCookieをブロックすることができ、さらにテレビでも紹介されました。
これが業界を変えるかどうかについて、多くのコメントが発生した。無料インターネットを殺してしまうのか?今後のネットにどのように変化をあたえるか?
ジェームス・ハワード(James Howard)さん、Internet Fast Forwardの創造者
そして、当時よせられたコメントの一部を読むのは興味深いところです。一部の人々にはこういう意見も:
「ブラウザがこれを許可するのはなぜ?Netscapeは、広告ブロッカーが存在しなくなるよう対処するだろう」
物事を概観すると、当時のNetscapeは最大のブラウザであり、全能に近いように見えていました。
中には、広告関連のバックグラウンドを持つ人々からの興味深いコメントがいくつかありました。彼らのスタンスは、「広告は人々にとって有益であり、人々は広告を愛する」というものでした。そして、「広告が十分にターゲットされている場合、良いことである」と。たとえば、アナリストのマーギー・ワイリーは、PrivNetの人々は厳しい戦いに参加しかかけていると述べました:
「大規模な戦争での少し小競り合いになり、一方向へのあらゆる侵入に対して防御が行われる。誰かがインターネット上の広告をブロックできると判断した場合、Netscapeのような人たちには偉大な金銭的なインセンティブがあるため、確実にブロックされないように対策をとる」
結果として、IFFのストーリーはうまくいきませんでした。James Howardが作成したソフトウェアは、1996年11月に会社をPretty Good Privacyに売却した後、責任問題のために中止されました。これがまさに初広告ブロッカーの終幕となりました。
しかし、ジーニーはもう、ボトルから出ていました。
広告ブロッカーがどんどん出る
ご覧の通り、広告ブロックは終了するどころか、次々と新しい広告ブロッカーが出現していきます:
• 1998年 – Ad blocking in Cybersitter
• 1998年 – Web Washer
• 1999年 – AtGuard
• 1999年 – Internet Junkbuster Proxy
• 1999年 – InterMute
• 2000年 – Ad Muncher
• 2001年 – SAB (Serenity Ad Blocker)
わずか数年で5つも出て、その後さらにもっと(上記リストよりも多く)出続けていった。広告ブロッカーというものはこれからもずっと存在することが明らかになっていました。
2003年 Adblockアドオンが作成される
2003年にはAdBlockが初めて紹介されました。アドオンの作成者であるHenrikさんは、単にMozillaフォーラムに一言を投稿:「ハロー、AdBlockを作りましたー」と。
もう、そのままです
しかし、誰もがこれを気に入ったわけではありません。最初のころはその目的さえ理解できない人もいました。
一部の人にはある程度の説得が必要だった
「広告ブロッカーが必要なのはなぜ?ホストファイルを使用すればいいじゃん」のようなコメントが多くあったのは今ではかなり驚きますよね。
それにもかかわらず、その名称がすぐに広告ブロックの同義語になったのも不思議ではありません。その後、拡張機能の作者はプロジェクトをあきらめなければならず、2006年にAdblockはウラジミール・パラント(Wladimir Palant)さんによって引き継がれました。彼はプログラムコードをほぼ完全に変更し、Web要求のブロック方法を拡張機能に導入し、Adblock Plusと呼びました。
Adblock Plusは広告ブロック界を変えたため、これは非常に重要なマイルストーンです。
2006年 広告ブロックコミュニティの誕生
ウラジミール・パラント(Wladimir Palant)さんは非常に才能のある開発者であり、彼の分野で最強開発者の中の一人です。彼がAdblockと関わり、最終的にAdblock Plusに転身したことで、すぐにそれが世界で最も人気のある広告ブロッカーになりました。
やっぱり2000年代はいつまでも懐かしい…
重要なことは、Adblock Plusが広告ブロックコミュニティを生み出したことです。Adblock Plusは、ブロックするべき内容を正確に指摘するフィルターリストを取得し実行する拡張機能です。また、フィルターリストはフィルターメンテナーによって作成されます。これらの人々は、多くの場合金銭的補償なしで、傑出した非常に重要な仕事をしていて、感謝すべき方々です。
はい、どうぞどうぞーー。フィルタリストたくさんありますよー!
最も有名なフィルターの1つにEasyListという名前が付けられていましたが、もちろん皆さんもそれを知っているリストかと思います。
面白い情報: EasyListの元の作成者であるRick752さんはニューヨーク州北部で機械工として働いていて、自由時間には一人でEasyListを維持していました。現在、数百人の愛好家や専門家が1,000本を超えるフィルターリストを管理しており、数千人のボランティアが問題を報告しています。悲しいことに、Rick752さんは2009年に亡くなりましたが、フィルター開発者の自立したコミュニティの成功の基盤を築き、EasyListの祖父であり、広告ブロックの先駆者の1人として記憶されています。
Rick752さん、EasyListの元の作成者
【フィルターメンテナーがどれほど強力で影響力があるかを示す小さなストーリー】
ある国では、他のローカルフィルターよりも明らかに人気のあるフィルターリストがあります。そして、このフィルターリストのメンテナーは、悪い、怪しい、または悪意のあると見なした広告を表示するWebサイトに対処する非常に独特な方法を使っています。
そのような広告をブロックする代わりに、この開発者は単にWebサイト自体を完全にブロックします。そして、ウェブサイトの所有者に「あなたのウェブサイトをブロックしました。ブロックを解除したいならこういった広告とこういった広告を削除した方が良い」という最後通告メールを送ります。
私たちはこのような慣行は承認していませんが、効果はありますね!このような対策は、巨大な地域の出版社でも効果的であることが証明されました。これは、広告ブロッカーの時代にどれだけのパワーフィルタ開発者が持つことができるかを示しています。
2013年 Google VS 広告ブロッカー
物事が少し変わり始めた時代であります。いきなり、2013年3月13日に、GoogleはGoogle Playからすべての広告ブロックアプリを削除する。そして、この動きは基本的に広告ブロッカーがモバイルに拡大するのを止めた。
AdGuardも例外ではなく、プレイストアにアップロードされてから2週間以内に削除されました。
現在Android向け広告ブロックアプリ(AdGuardなど)がいくつかあるということにもかかわらず、広告ブロックコミュニティは大きな打撃を受けました。これにより、AndroidではデスクトップPCのように速く広告ブロッカーは成長することができません。
2014年 裁判所での戦いが始まる
しかし、事態はさらに悪化する可能性がありました。
2014年12月、Axel SpringerとDie Zeitは、Webサイトでの広告の表示を妨害したとしてAdblock Plusを訴えようとしました。
1996年のように、広告ブロックのアイデアそのものが法的な観点から試されることに。
しかし、今回はInternet Fast Forwardとは異なり、Adblock Plusは最後まで戦うつもりであり、ABPの開発を継続しました。法廷で身を守る準備も始めました。
そして見ての通り、彼らは現在までのところ、成功しています。法的争いは何年も続いたが、2018年4月にようやくドイツ最高裁判所がAdblock Plusを支持して判決を下す:広告ブロックは合法であり、Axel Springerは最終控訴でも裁判の負けになる。
広告ブロック会社として、私たちAdGuardは彼らに感謝しています。ABPの人たちは、広告ブロックは陰で違法なものではなく、ユーザーがインターネット上で見るものを制御できる、そしてすべきことであることを世界に示しました。
法的な戦いでこの勝利がなければ、広告ブロックは今ほど成功しないと確信しています。たとえば、現在私たちの大義をサポートするブラウザの一部は、広告ブロックをサポートしていなかったかもしれません。でも現状では、ブラウザたちは二度考えなくて済みます。広告ブロックは合法であることを知っているからです。広告はブロックして大丈夫と。
これはおそらく広告ブロック界史上最大の成果です。
2015年 コンテンツブロックがSafariおよびiOSに導入される
最終的に、コンテンツブロックがSafariとiOSにも導入されました。これはもう一つの重要なマイルストーンです。
これにより、広告ブロッカーが主流メディアの見出しに出たりするようになりました。広告ブロックはより多くの顧客に知られるようになりました。そして、注目に値することは、Appleが支援意識を示し、Appleプラットフォーム上にコンテンツブロックが存在することを望んでいると明確にしたことです
しかし、いくつかの制限がありました:
• コンテンツブロッカーごとに最大50,000ルール
• 正規表現のサポートを厳しく制限
• 既存のフィルターリストとの互換性がない
• デバッグツールなし
彼らが提供したAPIは、他のブラウザのものとは非常に異なっていました。ルールの制限の最大数は大きな問題であり、既存のフィルターリストのAppleプラットフォームへの転送もまた別の問題です。 それまでは、フィルターメンテナーたちはChrome、Firefox、他ブラウザーのどれにも適した同一フィルターリストを維持していた。Safari用だけ完全に異なるフィルターリストを維持するのはあまりにも困難でした。
2020年 この20年以上で何が変わったのか
今日の広告ブロックは、最初の頃の広告ブロックとは大きく異なります。広告ブロッカー自体が大幅に変わりました。
最も重要であり、同時に最も混乱するところは、広告のブロックは広告のブロックだけではなくなったことです。
広告は単なる広告ではなく、ほとんどの場合、常にあなたとあなたの行動を追跡するソフトウェアになりました。当然、それを好む人はあまりいません。さらに、多くの人々は時折広告を見ることを和解することはできますが、追跡なら完全に受け入れることができません。昔と違って、将来の広告ブロッカーは、プライバシー保護ツールの新しい役割に適応し、その役割を果たさなければなりません。
幸いなことに、広告ブロッカーの一般的なイメージも変わりました。広告ブロックに積極的に反対しながら、同時にビッグデータ企業等のCEOではない人物を見つけることはほとんど不可能です。
一般ユーザーは、ほぼ全員が広告ブロックを「良いこと」と認識しています。その結果、広告主もそれに適応する必要がありました。彼らは露骨に迷惑な広告を作成する余裕がなく、人々がそれらに我慢することを期待できません。人々が不気味な広告も見たくないことも理解しないといけません。「Facebookで歯痛のことを友達に話したら、1分後に歯科医の広告を見せられた」みたいな話は数多くあります。
広告ブロッカー(およびすべてのインターネットユーザー)にとってのもう1つの大きなメリットは、プライバシー保護と広告ブロックが主流になったことです。多くのブラウザには組み込みのコンテンツブロッカーがあり、Googleのようなメディア巨人でさえも、(独自の歪んだ方法ではあるが)プライバシーに関心を示しています。これこそ大きな勝利ではありませんか?
つまり結果として...広告と広告主に対する戦争で最終的な勝利を手にしたということ?…
答えは「YESながらもNO」です。広告主は、現在の傾向は彼らにとってアドブロッキング汚染好意的ではないことを認識し、*“広告ブロック汚染”*というような戦術を採用しています。ユーザーが広告をブロックするのを止めることができない場合、少なくともブロックするものを制御するという対策です。大企業は、独自の組み込みコンテンツブロッカーを実装しています。そうすれば、一応ユーザーは広告をブロックしていることにはなるが、企業らはブロックされるものとされないものを大幅に制御できます。
同時に、広告ブロックの範囲拡大に必死に反対しています。例えば、GoogleとAppleの両方が、モバイルアプリストアでのシステム全体の広告ブロックを完全に禁止または厳しく制限していることはご存知でしょう。
ただし、広告主たちはデータを収集したり、広告ブロッカーを回避して広告を表示する新しい方法を必死に探ることは諦めないでしょう。そして、彼らは完全に失敗したわけではありません。私たちのライフスタイルがデジタル化されるほど、企業らが広告をあなたの顔に押し込んだり、あなた自身、あなたの習慣、興味等に関するデータを収集する機会が増えます。携帯電話、コンピューター、ラップトップだけでなく、スマートスピーカー、ホームデバイス、テレビ、スマートカーなどもすべて、どこにいてもあなたを完全に追跡できます。
競争力を維持するには、広告ブロッカーはネットワークレベルのアプローチに移行する必要があると私たちは推測しています。未来の広告ブロッカーはネットワーク全体のトラフィック(通信)を監視する必要があるということです。
自宅Wi-Fiのすべてのトラフィックをスキャンして広告リクエストをスキャンできる場合、そのようなリクエストが掃除機、タブレット、またはスマートテレビに属していても、同じように冷酷にブロックされます。
そのような広告ブロッカーの初の例はすでにあります。AdGuard DNS、AdGuard Homeだけでなく、他の開発者によるソリューションも:Pi-HoleまたはNextDNSなど。
この新しい戦線で広告と追跡を戦う仮想的な方法は他にもあります。そのトピックだけの別の記事を書くこともできますが、今日のテーマそれではありません。
私たちが伝えたかった主なメッセージは「広告主と広告ブロッカー間のファイトで新しいラウンドが始まろうとしている」です。この戦争は、人々がインターネットを使用している限り続きます。
P.S.
この投稿で述べたように、広告ブロックの最も良いところは、その周りに形成されたコミュニティであり、それの素晴らしい例もあります。本記事の英語版を投稿してからわずか数時間で、数人の人々(この記事の登場人物も含む)が、記事において数ニュアンスを忘れていたことを指摘しました。ご指摘いただいた情報で記事を補足させていただきます。
- 前述のPhoenix用AdBlock 0.5は、Phoenixの最初の発表に過ぎません。Phoenixより前にMozilla Suiteで実行され、AdBlock 0.1は2002年に初めて登場しました。//@WPalantさんに感謝
- 最初に広く普及したフィルターリストはFilterset.Gでした。これは、フィルター開発コミュニティの形成における重要なマイルストーンでした。残念なことに、彼らはAdblock Plusを介したダウンロードを許可せず、独自のブラウザー拡張機能を介してのみダウンロードを許可したため、後ほど没落しました。 //@fanboynzおよび@WPalantに感謝
- GNN(Global Network Navigator)は広告サービスではありませんでした。最初の商用オンライン雑誌でした。GNNの発行者であるO’Reilly&Associatesは、GNNのようなウェブサイトが商業スポンサーを通じてサポートされるかどうかを確認したいと考えていました。しかし、GNNの広告は情報提供用であり、ディスプレイ広告というよりもホワイトペーパーのようでした。「バナー広告」は、おそらくWiredのHotWiredサイトによって発明されたもので、1993年の秋にGNNとほぼ同じ時期に公開されました。 //@jslabovitzさんに感謝
- 記事全体を通じて、最も有名で人気のある広告ブロッカーについては言及していませんでした。私たちはそれを忘れたのではなく、広告ブロッカーの歴史ではなく、広告ブロックの歴史に関する記事を書いていたからです。それにもかかわらず、最低でも一部のブロッカーはリストしたく思います:
uBlock Origin、Ghostery、AdBlock、Brave Browser、Adaway、Disconnect、Blokada、280blocker。
私たちはこの開発者たちがやっている素晴らしい仕事に心から感謝しております!